抗リン脂質抗体陽性による不育症の世界的な標準治療法は、低用量(少量)アスピリンとヘパリンの併用療法です。 しかし、アスピリンの飲む量と使う時期は、患者さんの状態によって、変える必要があります。 低用量アスピリンの最も効果的な薬の量は、実は、 ア ス ピ リ ン ジ レ ン マ といって、なかなか難しいのです。 アスピリンは、ご存知のように、古くから鎮痛剤として広く使われている物質です。 1970年にワイスという医師が、鎮痛効果とは別に、アスピリンの血栓症を防ぐ効果に気づき報告しました。しかし、なぜアスピリンが血栓形成を予防するのかは謎のままでした。 1975年、ロースらにより、アスピリンは血小板内のある酵素を不可逆的に抑制することにより、血小板の機能を抑制して血栓を防ぐという事実が報告されました。 1976年、バーネは、血管壁内の同じ酵素に対しても、アスピリンの抑制作用が発揮され、血管が収縮するということを報告しました。この事実は、アスピリンは血栓形成を防ぐのではなく、血栓形成を助長すると考えられるのです。 この二つの事実が、混乱をまねき、いわゆる ア ス ピ リ ン ジ レ ン マと言われる由縁になっているのです。 アスピリンは、血小板の機能を抑制して、血液をサラサラにしますが、同時に、血管を収縮させますから、血液をドロドロにもするのです。 しかし、その後の研究により、アスピリンに対する血小板と血管壁の感受性が違うことが判明して、血小板には抑制効果を示すが、血管壁への収縮効果を最小限にとどめるア ス ピ リ ン の 量 が現在も、問題となっているのです。 現在、低用量アスピリンとして、バファリン(81mg)とバイアスピリン(100 mg)がよく処方されています。 この二種類のお薬は、狭心症、心筋梗塞、虚血性脳血管障害の患者さんの血栓予防効果(血小板の抑制効果)があるため、そのような患者さんに対しては、保険適用されています。用法・用量は、通常、成人には1日1回連日経口投与です。 しかし、1日1回連日服用という量は、脳・心臓血管障害という病的血管を持つ患者さんに対しての有効な量なのです。 正常血管を持つと考えられる多くの不育症患者さんへの有効な量とは、当然違うのです。 名古屋市立大学病院の杉浦教授らと私との共同研究の結果では、抗リン脂質抗体の強陽性(内科的抗リン!?)以外の弱陽性(産科的抗リン!?)患者さんに対して、アスピリン40mg単独療法でも成功率は80%以上でした。もちろん、支持的精神療法も併用されていました。この結果は、1998年、世界産婦人科雑誌(Int J Gynecol Obstet)に報告されています。 不育症の患者さんが服用する時期については、アスピリンは血小板にくっついたら離れませんので、血小板の寿命が約10日ですから、アスピリンの蓄積効果から考えて、妊娠の可能性がある周期の基礎体温の高温層と妊娠反応陽性後が良いと、私は考えています。 いつまで服用するかについては、一般的には妊娠28週までとされていますが、私の長年の臨床経験と実績から、抗リン脂質抗体弱陽性患者さんに対しては、妊娠16週以後の服用を中止しても問題ないと考えています。 また、副作用に関しては、妊娠初期の低用量アスピリン服用による先天異常児の出産率の増加はみられなかったことが、2002年、米国産婦人科雑誌(Am J Obstet Gynecol)に報告されています。